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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)1060号 決定

債権者

株式会社山勝真珠

右代表者代表取締役

山本泉

右代理人弁護士

伊丹浩

藤田健

臼田寛司

債務者

全国一般労働組合大阪府本部

右代表者執行委員長

岡野修

同所

債務者

全国一般労働組合大阪府本部直属支部

右代表者支部長

三谷潤次

右両名代理人弁護士

宮崎定邦

吉井正明

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

債務者らは、左記の行為を、自らしてはならず、組合員または第三者を行わしめてはならない。

1  債権者の心斎橋店(大阪市中央区心斎橋筋一丁目四番二三号所在)に立ち入り、従業員を詰問したり、ビラを渡したりするなどして債権者の業務を妨害する一切の行為

2  債権者の取引先などに対し、債権者宛の抗議文などを郵送するなどして債権者の業務を妨害し、あるいは信用を毀損する一切の行為

3  債権者の本店(肩書住所地所在)に押しかけ、要請、抗議、その他の団体交渉にあらざる話し合い名下に面談を強要する一切の行為

第二事案の概要

本件は、債権者が従業員の藤本康代(以下「藤本」という)を懲戒解雇したことについて、債務者らの役員、組合員などが債権者の本店、心斎橋店に赴いてなした抗議の行動や、債権者の取引先などに対し文書を郵送した行為が、債権者の信用を毀損し、業務を妨害しているとして、前記申立て記載の仮処分命令を求めた事案である。

一  前提となる事実関係

1  債権者は、真珠の養殖並びに加工販売等を目的とする会社であり、肩書地に本店を置くほか、心斎橋店をはじめ、東京、横浜、京都、神戸に小売店舗を有している。

2  藤本は、昭和五八年に債権者に雇用され、同年から平成元年六月まで中津店(大阪市北区中津所在の東洋ホテル地下一階)、同年七月からは心斎橋店に販売員として勤務していた。

3  債務者全国一般労働組合大阪府本部直属支部(以下「債務者支部」という)は、藤本が加入している労働組合であり、債務者全国一般労働組合大阪府本部(以下「債務者本部」という)は、債務者支部の上部組織である。

4  債権者は、藤本が伝票の不正操作をして商品を窃取したことを疑い、平成四年一〇月六日付で藤本を自宅待機処分にして調査し、平成五年三月一日付で藤本を懲戒解雇し(以下「本件解雇」という)、その旨の通知は同月二日、同人に到達した。

なお、藤本は、右自宅待機処分の段階の平成四年一〇月一三日付で債権者に対し、嫌疑をかけられるような行為はしていないとして自宅待機処分を争う旨の書面を送付している。

5  本件解雇は、藤本が伝票の不正操作を行い商品を窃取したことを理由とするものであるところ、債務者らは解雇事由を否認し、債権者に対し、本件解雇の撤回、藤本の職場復帰、容疑の撤回、謝罪並びに慰謝料二〇〇万円を請求して団体交渉を求め、平成五年三月一八日、債権者に質問及び通告と題する書面を交付して、同月二三日までに回答することを求めた。

これに対し、債権者は同月二二日に債務者らに到達した書面で回答し、団体交渉に応じることも明示した。

6  債権者は、平成五年四月五日、大阪地方裁判所に対し、債権者を原告、藤本を被告とする雇用契約関係不存在確認請求事件を提起し、藤本は、同月二八日、神戸地方裁判所に対し、藤本を原告、債権者を被告とする従業員の地位確認請求事件を提起した。

以上の事実はすべて争いがない。

二  債権者の主張

債務者らは、〈1〉その役員や藤本など多数で、債権者の心斎橋店(以下「心斎橋店」という)に押し掛け、店内に侵入し、従業員に脅迫的言辞を申し向けたり、店内を無断で撮影するなどし、〈2〉「山勝真珠の不当解雇から藤本康代さんを守る会」(以下「守る会」という)名義の虚偽の内容を記載した書面を、債権者の上得意客や取引金融機関や取引先などに送付し続け、〈3〉その役員や藤本らが債権者の本店を訪れ、要請、抗議のためと称して面談を強要するなどしている。

債権者は、これらの行為によって、信用を毀損され、業務を妨害されているところ、債務者らはなおこれらの業務妨害を反復継続しているので、申立て記載の仮処分命令を求める。

三  争点

債務者らの役員や組合員などが、本店、心斎橋店に赴いてした行為や債権者の顧客、取引先、金融機関に文書を送付している行為が債権者の業務を妨害する行為であるとして、その差止めを求めることができるか。

第三争点に対する判断

一  心斎橋店関係について

1  平成五年三月二三日午後、債務者本部の東中書記次長、藤本ほか約十数名が、春闘の統一行動として、本件解雇に対する抗議、撤回要請のため心斎橋店に赴き、そのうち約一〇名が店内に立ち入り、米田副店長に要請書のビラを交付し、約一五分間にわたり要請の趣旨を告げるなどの活動をし、店内を無断撮影し、周辺においてビラの配付をした。

2  同年四月二三日午後、債務者本部の山田副執行委員長ほか八名が、春闘の統一行動として、本件解雇撤回要請のため心斎橋店に赴き、そのうち三名が店内において今福店長と面談するなど約一〇分間にわたり要請活動をし、店内を無断撮影した。

3  同年五月二〇日午後、債務者本部の東中書記次長ほか約九名が、春闘未解決・争議統一行動として、本件解雇撤回要請のため心斎橋店に赴き、店内に立ち入り、今福店長に要請書に対する回答を要求し、退去の求めに応じないで押問答を重ね、約十数分間にわたり要請活動をし、周辺においてビラの配付をした。

二  書面送付関係について

同年三月二二日ころから、本件解雇の撤回を求める債務者らの活動として、本件解雇が不当解雇であることを訴え、抗議文を債権者に送付することなどを要請する旨の守る会又は井村治子名義の文書などを債権者の顧客や取引先、金融機関など多数に数回にわたり郵送した。

三  本店関係について

同年四月二三日午後、債務者本部の東中書記次長、藤本ほか四名が、春闘の統一行動として、本件解雇撤回要請のため本店に赴き、宮山経理部長に対し、社長か専務又は上田部長との面談を要求し、社長らは会えないから要請文は自分が受け取るので引き取って欲しいと応答したのに、待たせて貰うとして、約五〇分間にわたり入口付近に留まった。

以上一ないし三の事実は、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によって一応認めることができる。

四  そこで、債務者らのこのような行為が債権者の業務妨害として禁止されるか否かについて検討する。

前記認定の事実によると、真珠など宝飾品を扱う本店や心斎橋店に抗議行動などのために立ち入る行為や顧客、取引先、金融機関などに従業員の解雇が不当であることを訴える文書を送付する行為によって債権者のイメージが害され、業務に悪影響が及ぶであろうことは容易に窺うことができる。したがって、何らの理由もなくそのような行為に出ることが許されないことは明らかである。

しかし、本件は、解雇の当否を巡る紛争に起因し、債権者は藤本が平成三年一二月ころから平成四年三月ころまでの間一一回にわたり伝票の不正操作を行い、イヤリング、ブローチ、ペンダントなど定価二〇六万八〇〇〇円相当の商品を窃取するなどしたと主張し、藤本はこれを否認しているもので両者は鋭く対立している。

このように、本件解雇の理由は藤本の名誉にかかわる重大な容疑を含んでおり、その最終的解決は今後の裁判の結果にかかっているものといえるけれど、本件解雇の効果は現実に発生しているのであるから、このような場合、債務者支部組合員である藤本を支援する債務者らが、裁判や団体交渉の場以外で、藤本を支援するため債権者を批判する教宜活動を行うことは、労働組合としての正当な活動の範囲で許されるべきものといえる。

ところで、債権者は、多額の商品窃盗が社内の調査で認定できたとするだけで、警察へ藤本と同行したものの、捜査が進展したことは認められず、藤本が債権者の納得しうる弁解をしないことをもって、直ちに窃盗の事実を認めることはできないというべきである。

そうすると、債務者らが本件解雇が不当であるとしてなした前記認定の各行為は、「デッチ上げ」「濡れ衣」「いやがらせ首切り」などの表現や一部に事実を誇張した記載を含むビラを配付したり、団体交渉以外の場で解雇撤回を要請するものであっても、藤本にかけられている嫌疑の重大性など、活動に至った経緯、目的からすると、その規模については参加者を限定し、債権者の営業にも一応の配慮をし、心斎橋店での行動も比較的短時間であることなどに照らし、債務者らの組合の教宜活動として許される範囲を逸脱するものとまでいうことはできない(なお、本件手続において、債務者らが当面の活動としては訴訟活動を重視し、債権者の店舗へ赴いてする抗議、要請行動を重視しない方針としている旨述べていることも審尋の全趣旨として斟酌した)。

五  以上の次第で、債権者の本件申立ては、被保全権利についての疎明がなく、理由がないことになるので、これを却下することとする。

(裁判官 井筒宏成)

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